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「二十四の瞳」(1954年)大石先生の魅力と奇跡のラストシーン

最初に紹介する映画は、1954年(昭和29年)公開の映画「二十四の瞳」です。

「二十四の瞳」は戦後10年も経ってない時期に製作された、戦前の昭和3年から戦争が終わる昭和20年の翌年くらいまでを描いた映画です。

監督は木下恵介、主演は高峰秀子です。

原作は1952年(昭和27年)発表の壺井栄が書いた小説

原作である壺井栄の同名の小説「二十四の瞳」は戦後7年経った1952年(昭和27年)に発行されました。

戦後間もない時期に書かれた小説ですが、戦争を美化するわけでもなく、女性の目線での戦前戦中の生活や苦しみが描かれています。

小説では具体的な地名は出てこないのですが、映画は小豆島を舞台としています。

この小豆島は戦地になることはありませんでしたが、戦争前の好景気の終わりから、戦争が始まってからの不景気による貧困や徴兵により多くの人が亡くなるなど、戦争の影響を大きく受けています。

作中では、その苦しみが大きくなっていくなかで戦争は静かに終わりを迎えます。

このような小説や映画が発表されたことから、戦後の日本が急速に復興していったことを感じさせますし、そう感じさせるため、奮い立たせるために、作られたのだとも思います。

当時こそ戦争がセンチメンタルに語られているとの評価があったり、賛否両論あったのだと思いますが、不朽の名作として何度もリメイクされている作品でもあります。

しかし私は、大石先生の生き様に魅力を感じます。

大石先生は作中で何度も泣くため、泣き虫で同情ばかりしているように思われますが、ただ悲しいということを素直に表現しているだけなのです。

誰かのために泣いているのではない、こんな悲しいことがあってはならないという信念の涙とも言えます。

新しいタイプであり、今この現代に居ても、新しいタイプとして捉えられるような人物像です。

また特に印象的なのがラストシーンです。

今回はこの大石先生の人物像とラストシーンについて紹介したいと思います。

大石先生は自分の望みに責任を持っていた

主人公の大石先生は、やりたいことなどできない時代に、望みたいことを望んだ人でした。できることは全てやる人だったとも思います。

大石先生は小豆島に新任先生として赴任したとき、月賦で自転車を買って洋服を着るモダンガールでした。

島民には揶揄され、先輩先生にも珍しがられ煙たがられますが、知ったことではないと愚痴ります。

大石先生が教師になり初めて受け持った12人の生徒を思い、「あの二十四の瞳、あんなにかわいい瞳を私、どうしても濁してはいけないと思ったわ」と母親に話します。

大石先生は生徒の成長や家族とともに時間が過ぎていくのですが、望むことはただ1つ「生きていて欲しい」ということでした。

「大切な人に死なないで欲しい」

「普通でいいから(特別なことをしなくていいから)、生きていて欲しい」

しかし現実は違います。

大切な人は亡くなっていくし、辛いことがたくさんあります。

生徒達を特別に愛しているわけではありません。

大石先生にとって大切な人は、戦争なんかで死んではいけないのです。

大石先生が生きるために死んで欲しくないというような、依存によるものではなく、信念で死んではいけないと思っているのです。

大石先生の言葉

生徒のマツエの生まれてばかりの妹が死にそうなとき、父親が「生きてても不幸だ」と言うことを否定せずに、ただ不憫なマツエを悲しみます。

家が売られて将来に希望を持てないフジコには、

「悪いのは世間で、親も悪くないし、自分も悪くない」

「だから自分を強く持ちなさい。自分を諦めてはいけない」

「でも辛いときは一緒に泣いてあげる」

と言います。

肺病であと1週間の命であるコトエには、

「自分の子供の世話で見舞いが遅れた」

「頑張んなきゃダメ」

「辛いのはお前だけじゃない」

と、死ぬ直前に、最後まで頑張れと言います。

軍人になりたい兵隊になりたいと言う男子には、

「どうしてそんなに兵隊になりたいの?」

「自分できちんと考えなさい」

と、私は嫌だけど、決めるのはあなただと言います。

戦争に向かって行く日本は戦争を肯定する教育が求められますが、大石先生は「そんなことで死んで欲しくない」と本気で思っています。

結局、夫や生徒は徴兵されて島を送り出すことになるのですが、みんなで「お国のために死んで帰れ」と歌っているのが切ない。

どれだけ大石先生が望んでも、現実はこれほどまでにつらいということが伝わってきて辛くなります。

夫が戦争に行くと母親が病気で死に、戦争が終わった直後に末っ子の女の子も死にます。

「お腹を空かせれば子供は木に登るもんだ。お前は一生懸命に柿の木に登ったんだ。お前は悪くない」

と言います。

「強い自分の気持ち」と「抗えない外的要因」は、全く別の問題として捉えられているので、さっぱりしていて気持ちがいい。

やりたいことができなくても、たとえ望みが叶わなくても、望んでいることに責任を持つことはできるのだと教えてくれます。

奇跡のラストシーン

映画では終始、小豆島の美しい風景が映し出されていますが、ラストシーンに本当の奇跡が待っています。

二十四の瞳である12人の生徒のうち男子が5人、女子は7人です。

男子3人は戦死して、生き残った2人のうち1人は盲目になり、女子の1人は肺病で死に、全体で生き残ったのは12人中8人です。

戦争が終わって1年くらいが経ったあと、大石先生の復帰祝いとして、先生とその8人が集まって同窓会が行われたのですが、そのときに、大石先生のトレードマークだった自転車が生徒達からプレゼントされます。

そして雨が降る中、大石先生がカッパ姿でその自転車に乗って登校しているのですが、次第に雨が上がっていきます。

そして最後のカット。

大石先生がカッパの頭をめくり顔を出し、曇り空から晴れた空の方向へ自転車を漕いでいくシーンで映画は終わります。

画面の左が曇り空で、右にカメラを移していくと次第に雲が薄くなり晴れていく風景が映し出されています。

大石先生はこれから幸せになるだろうということが暗に示されているのです。

このシーンを撮るために、撮影陣はどれだけこの空を待ったのでしょう。当時はCGなどありません。この映像を撮ったことが奇跡だと思います。

大石先生の望みが叶いますようにと願わずにいられません。

オリジナル版がおすすめです(2007年リマスター版、ワイド版もあり)

「二十四の瞳」は、色々なメディアで見ることができます。

私のおすすめはオリジナル版です。

2007年リマスター版の方が映像の荒さが削られていて、音声もよくなっていますが、オリジナル版の方が風景や人物がくっきりしています。

ただしオリジナル版は音声が聞き取りにくいため、2007年リマスター版の字幕を読んで予習をしてからオリジナル版を見るのが、いちばんのオススメです。

じっくりと観る時間がある方は是非、日本屈指の名作「二十四の瞳」を堪能していただければと思います!

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