言葉にすることで、確かなものになる。

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 よく分からなくなったら、そのよく分からないことを説明してみるといいと、ぼくはよく会社のなかで言っている。実際にそうしている人はあまりいないようだけど。メールを書くにも資料を作るにも、とりあえず書けることは全部書いて、そのあとに、いわゆる必要な要件が伝わる文だけに削っていく。その前にたくさん書いたことは、打ち合わせなどで話すときの自分が話す言葉になる。そうすれば資料を作った後に、それをどうやって説明しようなんてことを考えることもなくなるだろう。

 素直になりたい、過程を話したい、と、言葉にしてみると、そのとおりになる。結果的にそのとおりになっていた。見失いそうになったら、見失いそうになっていることを、そのまま言葉にしてしまえばいい。ぼくにとってブログとは、そういう場所なのかもしれない。いや、いつのまにかそういう場所になっていた。たいしたことは言っていないけれど、書いてしまえば、それが確かなことになる。自分が書いたことは、なんというか、嘘にならない。曲解を恐れずに言うならば、真実ではないこともあるけれど、それが嘘かどうかなんてどうでもよくなる。そもそも自分でもわからなかったことを言葉にしているのだから、書いてしまったことが本当のことなのだと思うしかない。

 だからここで念のため、ぼくはイケメンであると書いておきたいと思うが、これは真実を誰も知らないことを利用した、ただの嘘である、かもしれない。

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コメント

  1. アバター suzu より:

    私は文章を書くのが苦手で、最低限必要な事しか書いたことがありませんでした。
    最近少しコメントを書くようになって、思ったことが目に見えて確定される感覚がおもしろいと思いました。記憶にも残りますね。
    この記事の内容も、すごく理解できました。

  2. アバター furuya より:

    > suzuさん
    書いたことが確定されるというのは、ずいぶん仕事的な感覚ですね。この記事を書いたとき、仕事で何かあったのでしょうか(笑)
    suzuさんは書くのが苦手だと思っているかもしれませんが、それ以上に書く必要がない(なかった)のだと思います。
    書くことは結構大変ですから、理由がなければ面倒くさくてやってられない。
    それゆえ人は書かれていることに価値を見いだしやすいともいえます。ぼくは自分にどうにか価値を見いだしたくて、ブログを書いていたのだと気づきました。

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