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「ハイジ」(ヨハンナ・シュピーリ作/矢川澄子訳/福音館書店)アルプスの環境により生きるパワースポットとなったハイジ

アルプスの少女ことハイジ。「ハイジ」の原作を読みました!

親友クララを文字通り立ち直らせるだけでなく、大人も子供もヤギも集まってきてみんなが幸せに導かれていく、歩くパワースポットのような人です。

ハイジの魅力とおじいさん

親族をたらいまわしにされていたハイジは、おじいさんと過ごしたアルプスで人生の楽しみを知ります。

せっかくアルプスで楽しかったのに、文字も読めないままではダメだとフランクフルトに行くのですが、それが大変ながらも良い修行になり、アルプスに戻ってきたハイジは圧倒的な魅力を纏っていました。

ハイジはどこでも全力で、無気力になることすら無心で全力で立ち向かいます。

そんな、おじいさんの隔世遺伝と思われる真っすぐで素直な性格に、関わるすべての人が惹かれていきます。

ハイジに関わった大人の誰しもがハイジを求めてアルプスにやってきて、癒され生きる力を得ていきます。

ハイジは、

人生のいいことは、その人が必要な時に起こる。そのためには自分が求めていることを、求め続けなければならない。

ということを信じています。

これはフランクフルトでクララのおばあちゃんに学んだことで、ハイジはそれをひたすら守り、さらには周りのみんなに自身の行動により返していくことで、誰もが幸せへの道筋を手に入れていくのです。

また、ハイジがハイジらしくなるきっかけを与えたおじいさんも素晴らしい人です。最初はアルプスから出したくなかったのですが、成長して帰ってきたハイジを見て、行かせて良かったと認めます。

ハイジがアルプスに戻ったあとにクララが車椅子でハイジに会いにやってきたのですが、おじいさんはクララを抱きかかえるなどしたことで本当は歩けることを見抜き、たちまち歩けるようになります。

クララは歩かないから歩けなったのであって、歩こうと思えば歩けたのです。それを見抜ける大人は誰もいなかったのです。ずっとお世話になっている医者でもです。

病気がきっかけで歩けなくなったにせよ、ずっと歩けないままでいたのはクララ(や周りの大人)の選択だったということが分かります。

環境が人をつくるということと、人生は環境が全てだということ考えさせられます。人生に起こることを肯定する努力をする行き方こそ、幸せを掴むまっとうな生き方だとも思います。

残りは少し長いですが、あらすじを辿りながら感想を書きたいと思います。

「ハイジ」あらすじと感想

アルプスにハイジの居場所が見つかる

両親は亡くなっていて、いろいろな人に預けられきたハイジは叔母のデーテにも邪魔にされて、挙げ句の果てあまり評判の良くないアルムという山の上に一人で住んでいるおじいさんに預けられることになりました。

世間の評判や心配とは裏腹に、アルプスの環境とおじいさんの愛情はハイジにとって最高の環境でした。

まさしくハイジの居場所となったのです。

自然の楽しさと面白さ、ヤギとの生活、目の見えないヤギ飼いの子供ペーターのおばあちゃんとの出会いが、ハイジの精神を高めていきます。

フランクフルトでの生活

独り身で堅物のおじいさんのところでは限界があると思ったデーテが強制的にハイジをフランクフルトの金持ちのゼーゼマン家に移動させてしまいます。

ここでクララと出会いますが、クララは病気で家を出られず、足が悪く車椅子のため自由に歩くこともできません。

屋敷にいる人々はというと、人付き合いが苦手なメイドと、なにかと親切な執事、話しが回りくどいけど本質を見抜くことができる家庭教師、ハイジの急速な成長のきっかけとなるクララのおばあちゃん、たまにしか帰ってこないクララのお父さんゼーゼマンです。

個性的で基本的にいい人たちに囲まれた生活ですが、都会で家からあんまり出られないので、ハイジはアルプスに戻りたくてたまりません。

そんな中でもハイジはクララのおばあちゃんの手助けで文字を読めるようになったり、猫を屋敷に持ち込んだり、自分の世界を広げることができます。

文字がどうしても覚えられないハイジにおばあちゃんが「文字を読めないのは、そう思い込んでいるから」といい、それを認めたハイジが瞬く間に文字を覚えてしまうことは、学習の本質みたいなものが見えます。

屋敷の人たちにとっても、おもしろくて楽しませてくれるハイジのような人に初めて出会ったような感じで、大変ながらもハイジの魅力に惹かれていきます。

逆に、生活に楽しみを見出せていない人たちしかいない家にいたクララが引きこもるのも分かります。

やがてハイジはホームシックが極まり夢遊病になってしまいましたが、その原因を見抜いた先生がアルプスに帰します。

家主のゼーゼマン含め、この決断が早いのもみんなハイジの味方だったからです。

文字が覚えられないのも夢遊病も、思い込みの激しさによるものだったり、素直に受け止めてすぐに回復してしまうという、反応の面白さもハイジの魅力なのだと思います。

アルプスに戻ると、ハイジの元にみんなが集まってくる。

ゼーゼマン家から解放されたハイジは、おじいちゃんの元に帰ります。ペーターのおばあちゃんにずっと食べさせたかった白いパンや帽子など、色んなものをあげます。

おじいさんもハイジのために手を尽くしていることや、ペーターの家を修復したりしているうちに世間の評判が覆っていました。
そのためハイジのために雪が積もる冬は山を降りて生活するとしたときには、教会の牧師に歓迎すらされているのです。

実はハイジの魅力は、おじいさんから受け継いだものだと分かってきます。

クララやゼーゼマンがアルプスに来れず、心に傷を抱えているフランクフルトの先生がアルプスへやってきて、ハイジとの時間を過ごすことで傷を癒すきっかけを得ます。

しばらくしてクララがアルプスにやってきて、ハイジと一緒に過ごすようになります。

おじいさんは最初から見抜いていたようですが、クララは実は歩けないわけではありませんでした。おそらくきっかけとして1度は歩けない時期があったのでしょうが、そのときに弱った足を使わなかったから歩けなかったのです。

それは1つの事件がきっかけで解決します。

パーターのいたずらで車椅子が破壊されてしまいクララの足がなくなってしまったのです。

それでもハイジがどうしても綺麗な花を見せたいのでクララの脇を抱えて立たせたら、とりあえず立てることが分かり、足に力さえ入りすれば歩けることにも気づきます。

ハイジは周りの人をいわば救っていくのですが、ハイジにとっての今やるべきことは、好きな人の幸せなのです。

それができる理由は、自分の幸せはしかるべきにくるから大丈夫だと思っているからに他なりません。

そんなハイジはこれからもずっと、出会うみんなから守られながら自分の力を発揮することで、周りの人たちを幸せにしていくでしょう。

読みやすく自然な訳である矢川澄子訳がオススメ

新訳版が出ていますが、僕は福音館書店から出ている矢川澄子の訳をオススメします。児童向けでとても読みやすいですし、表記の違和感がありません。

たとえば、ハイジが預けられるおじいさんは「アルムじい」であり「アルムおんじ」(新訳)ではないというのが僕の感覚です。

この感覚がわかる人は、ぜひ矢川澄子訳を読んで欲しいです。訳だけでなく、挿絵も素敵です!

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